演奏会情報、僕のお買い物日記

2002/ 7/29 10:31

メッセージ: 562 / 1477

投稿者: gur1zem2korn3

 

昨日、東京に行ってタワーレコードに行ったおり、久しぶりに「モーストリー・・」を見ました。

 

海外の演奏会情報を見ると、いいものを見つけました。

 

ハンブルク、ムジークハレ大ホール

9・19

Y・タルミ指揮ハンブルク・シンフォニカー

ハンス・クラーサ

「モルゲンシュテルンの『ガルゲンリーダー』による4つの管弦楽伴奏つき歌曲集」

モルゲンシュテルンはツェムリンスキーが度々曲をつけた詩人の一人ですね。

 

ケルン、フィルハーモニー

9・8、9、10

コンロン指揮

ケルン・ギュルツェニヒ管

ウルマン 交響曲第2番

 

同会場、同オケ

9・22、23

シュレーカー

ロマンティック組曲

 

あと昨日同店で、デッカのクルシェネクの「ジョニーは演奏する」を買いました。感想は後日に。

これは bernardsstar さんの 1 に対する返信です

 

追記

2002/ 7/29 10:42

メッセージ: 563 / 1477

投稿者: gur1zem2korn3

 

ケルンのシュレーカーのは、24日もありました。指揮者はP・ヒルシュという人です。

これは gur1zem2korn3 さんの 562 に対する返信です

 

世紀末芸術について

2002/ 7/29 12:44

メッセージ: 564 / 1477

投稿者: binsatobo12

 

la vera storiaさんへ

 初めまして。

 掲示板には時々書かせてもらっていますが、このトピックには初めてです。

 

 貴方の世紀末論を大変興味深く拝見しています。

 

 と言うのは、私もかつて文学の面で世紀末芸術を少しばかり齧ったので、音楽には全くの素人ですが、ウィンの世紀末にもかなりの関心があります。

 

 特に貴方が世紀末とカトリックの関係を指摘した点はとても注目しました。

 

 世紀末芸術にはデカダンスが付き物で、一つの文化が爛熟して行き詰まった時の現象として、どこにでも見られますが、十九世紀末の特色はその底にある種の「神への

回帰」があることです。

 

 元々カトリックの出の芸術家は別として、私は例えばユダヤ人のマーラーがカトリックに改宗したことに注意を惹かれました。

 

 イギリスの世紀末文人の代表者オスカー・ワイルドは、死の床でカトリックに改宗しました。

 

 その後,二十世紀に入ってから、G・グリーン、イヴリン・ウオー,G.K.チェスタトンなどカトリック作家が輩出しています。

 

 これに似たような現象が、ウィンの世紀末音楽にも起こっているのでしょうか。若し、そうだとすると、それは一体何故なのか、一寸知りたい気がしています。

 

これは la_vera_storia さんの 561 に対する返信です

 

   

Re : ヤナーチェク (Waldtaubeさま)

2002/ 7/29 23:51

メッセージ: 565 / 1477

投稿者: la_vera_storia (男性/瞬間覚醒中)

 

野鳩さま

 

お久し振りです! お元気ですか? 「イェヌーファ」が話題になったとき以来ですね! 

 

さて、ヤナーチェクの件ですが、かなり息の長い投稿になると思いますので、連続してではなく単発的に、話題にさせていただきたいという気持ちです。ここのトピ主の bernardsstarさんは、チェコ語にも非常に堪能でいらっしゃいますので、もしここなら、私もある意味では心強いです。「ヤナーチェク友の会」のほうのサイトは情報が大変充実していますので、私も時折のぞいています。非常にお詳しい方が多いようですので、私も気後れしてしまいます。特に、< Speech Melody>云々となると、あそこでは私には荷の重い話です。

 

ただ、私はヤナーチェクについては、ちょっと独自の視点で(本当は誰かが、すでに話題にしているでしょうけれど)話題を展開したいと思っています。ちょっと長くなりますが、今回は大雑把な枠組みの予告だけ書きます。

 

ヤナーチェクという人はよく、「誰からも大きな影響を受けない(あるいは、誰にも大きな影響を与えなかった)作曲家だ」とか、「その存在が音楽史上孤立的だ」などと言われています。これに関してはいろいろと書きたいこともありますが、しかし大筋では私もその通りだろうと思います。同じ東欧出身の作曲家のバルトーク、コダーイ、シマノフスキ、スーク、エネスコ(彼はちょっと問題がありますが)たちと比較すると、どう違うのか? なんとなくではあれ、比較的にはっきりと感じるこの違いについては以前から気がついているものの、どうやったらヤナーチェクの独自性を説明できるのか?

 

私は、ここ数年ようやく薄々とではあれ、それを説明するFOR(Frame Of Reference)を掴みかけた気がしています。東ヨーロッパ地域の社会、文化に底流として存在する2つの要素(後で触れます)のうち、少なくとも「音楽芸術」に関する限りは、その2つの要素のうち1つしか存在しないのではないか(あるいは、「東欧」の作曲家は、1つの要素しか持っていない?)、ということです。そして、その東ヨーロッパの作曲家に欠けているもう1つの要素のグループに属しているのがヤナーチェクたった一人ではないか? だから彼の音楽は非常に個性的に聴こえるのではないか? というのが大雑把に言って私の仮説です。

 

当時の「東欧」(中欧というべきかもしれませんが)の社会、文化に底流として流れていたのは、Urbanism と Populism の2つだと思います。前者は、民族としての独自性を、西欧(独仏)の社会、文化と折り合わせようという流れであり、後者は民族性の独自性を、西欧との緊張の上に維持しようとする流れです。私は、東欧の作曲家はすべて前者の要素が大部分であると思っています、なんとバルトークも含めて! しかし、ヤナーチェクの場合は後者の要素が大きいと考えています。私は、このPopulismという単語は、現在の日本ではまったく別に意味で理解されてしまっていますので、自分なりに、Non-Urbanism と言い換えたいと思います。

これは Waldtaube さんの 560 に対する返信です

 

 

Re:ヤナーチェク (2)

2002/ 7/30 0:47

メッセージ: 566 / 1477

投稿者: la_vera_storia (男性/瞬間覚醒中)

 

(前投稿より続く)

だいたいにおいて、東欧の知識人、インテリ(ユダヤ人を含む)は、前者のUrbanismに属し(ですから urbanistと言い換えておきます)ています。イギリスの東欧史研究家のミーシャ・グレニー(Misha Glenny)が分類した、このUrbanism と Populismの対比ですが私自身は以下に言い換えたいと思います。

 

Urbanist は、生まれたり生活したりしているのが都市であるか過疎地であるかは関係がなく、西欧文化と自己の民族的意識を、自己の感性・感情を正面には出しつつも、その背後の知性・理性で適合融和しようとする傾向を持つ。Non-Urbanistは、西欧文化と自己の民族意識の葛藤を、あくまで自己の直観、感性、感情を優先させるやり方で対峙しようとする.....。もちろんヤナーチェクという作曲家とその作品はこのNon-Urbanismというものだけで解き明かすことは無理でしょうし、そうなると他の重要な要素はなんなのか、ということも問題になりますね。私はこれも独自(?)の意見を持っていますが、それは個別の作品で触れたいような気がします。

 

ヤナーチェクのオペラを、それぞれこういう視点で観てみたい、というのが現在の私の考えです。  Non-Urbanistたるヤナーチェクが、台本に対してどういう音楽を書いているのか....そして私たちはそれをどう聴くのか? 個別作品についてあたっていきたいとは思いますが、....深刻に考えれば、これはかなりのものです。私も意欲は十分ですが、説得的なことを書けるかどうかはわかりませんし、私の体験それ自体も、上記のような問題意識を持ってのものではなかったので、当時の印象ノートを開いて読んでみても、ちょっと心細い気もします。ですが、息の長い作業として、少しずつ投稿できればとの希望です。折をみて書きたいと思います。

 

野鳩さん、1964年のウィーン国立歌劇場で「イェヌーファ」が新演出された際のライヴ録音(MYTO)をお聴きになったことがありますか? 指揮はヤナーチェクに造詣の深いクロムホルツ (Jaroslaw Krombholc)、イェヌーファ役が、ユリナッチ(Sena Jurinac)、コステルニチカ役がメードル(Martha Moedl)という豪華なものです。そして、なんとカロルカ役が若き日の,

あのルチア・ポップなのです....! 私はこのCD,まだ封が切れずにいます。

 

ではまたその時まで!

これは la_vera_storia さんの 565 に対する返信です

 

音楽における世紀末 (binsatoboさんへ)

2002/ 7/30 2:17

メッセージ: 567 / 1477

投稿者: la_vera_storia (男性/瞬間覚醒中)

 

binsatoboさん、はじめまして。

 

「世紀末芸術」というのはなかなかやっかいですね。おっしゃられるようにデカダンスの要素はありますが、しかし音楽の世界では「デカダンスが付き物だ」とは言えないような気がします。一般に「ウィーンの世紀末芸術」というと、クリムト、シーレなどの絵画のほうにウェイトが大きく、音楽で言うとマーラーだとと思われているようです。しかし、音楽の世界ではこのマーラーの影響(その前ではヴァーグナーの圧倒的影響力)を受けた作曲家の、シェーンベルク、ベルクなどは、世紀末芸術抜きにその意義を語れませんから、こうして一応大枠では「世紀末」というカテゴリーに入れています。しかし、そうしてマーラーから影響を受けた作曲家たちの作品に、デカダンスがあるとは言えないのです。あったとしても本質的な部分ではありません。また「文化の爛熟」とおっしゃる点ですが、音楽(Classical Music)における「爛熟」は、これはWagnerismだと思いますね。本当の意味での「爛熟」からの脱皮は、ストラヴィンスキーを待たなくてはなりません。

 

それから、ある種の「神への回帰」についてですが、世紀をはさんでのウィーンでの芸術を考える上で絶対に無視できないのがユダヤ人の存在です。彼らユダヤ人はウィーンにどういうプロセスで居住するようになったかは書くと長くなりますのでやめますが、しかしそういうユダヤ人のうちで、比較的早い時期にウィーンに居住し、ある程度の財をなした人々は、いわゆる「同化ユダヤ人」として社会に溶け込もうと努力し、当然ユダヤ教は捨て去ってカトリックに改宗することとなります。こういう「同化ユダヤ人」のうちの裕福なグループは、あとからウィーンに流れついたユダヤ人の存在を蔑み、軽蔑することとなるのです。

 

こういうウィーンの社会背景があっての「世紀末芸術」ですから、イギリスやフランスの、それも他ジャンルの芸術とはやや事情が異なるように思います。マーラーについては、彼のカトリックへの改宗は、帝室オペラ(現在の国立歌劇場)の監督就任という地位との関連で行なわれたものでした。シェーンベルクは若い時にユダヤ教からプロテスタントに改宗しましたが、ナチの台頭への抗議とユダヤ人たる自己のidentityの確認の目的で、再度ユダヤ教に改宗しています。私は、この時代の音楽家で、binsatoboさんのおっしゃる意味での「神への回帰」をした作曲家は、私の知りうる限りでは、いないように思います。いわゆる「無神論者」だった(らしい)バルトークも死に臨んで、宗教を求めたということはないと思います。

 

従いまして、binsatoboさんのおっしゃる「神への回帰」は、音楽(Classical Music)の世界には少ない(あるいはほとんどない)といえると思います。その代わりとして、モダニズムという方向に向かった一派があるということになります(乱暴ですが、ストラヴィンスキーを挙げておきます。これもいろいろな問題はありますし、不正確なのは覚悟の上で)。 もう1つは、いわゆる12音技法と、さらにその先への発展の方向です。これはシェーンベルクからウェーベルンへの方向です。20世紀における「音楽と宗教」ということでは、これは世紀末音楽ではありませんが、メシアンとペンデレツキを挙げておきます。

 

(どうでしょう、bernardsstarさん、「神への回帰」は、この時代の音楽の世界にあるでしょうか?)

これは binsatobo12 さんの 564 に対する返信です

 

世紀末芸術とは?

2002/ 7/30 18:10

メッセージ: 568 / 1477

投稿者: binsatobo12

 

la vera storiaさん、とても詳細なお返事を有り難うございます。

 

素人の雑駁な感想に対して、きめの細かい解説を頂き、恐縮しています。

 

雑駁ついでに、私のきめの粗いイメージを述べさせて頂くと、世紀末とは人間の目線での「神の賛美」が出来なくなった時代ではないか、という気がいたします。

 

西欧では、十四,五世紀のルネッサンスとともに、初めて人間の目線で「神を賛美」する

ことが出来るようになった。つまり、ダ・ヴィンチやミケランジェロの時代です。

 

でも、イギリスなどでは十七世紀から十八世紀位になると古典主義の時代になって、理性を重んじ自然科学が次第に発達してきて,人間は独り立ちして何でも出来ると思い込むようになった。

 

やがて十九世紀に入ると、ロマン主義の時代になって人間の感情を自由に謳歌できるようになった。英文学ではワーズワースやバイロンの時代です。

 

音楽の面で、間違って居たら謝りますが、最初は前世紀のバッハ、ハイドン、モーツアルトから始まって、ベート−ヴェンやブラームスに至るまで、人間の目線での「神を賛美」する音楽を作っています。

 

しかし、十九世紀末になると最早芸術は、

と言うよりも文化は,神と共存が出来なくなるような時代になったような感じがするのです。

 

私は、人間が古いからなのかもしれませんが どうも二十世紀の音楽,例えばシェーベルグやショスタコヴィッツとまではいかなくても、マーラーやR・シュトラウスを聴いていてもとても不安になるのです。

 

何故かよく分かりませんが、彼らの音楽には「神に見放された恐怖感」のようなものを感じるからなのです。私は十二音階の曲などを聴くと、神経が逆なぜされるような感じですが、これはどこか間違っているのでしょうか?

これは la_vera_storia さんの 567 に対する返信です

 

ヤナーチェク

2002/ 7/30 21:41

メッセージ: 569 / 1477

投稿者: bernardsstar

 

ヤナーチェク独特の音色は大変に魅力的ですねえ。彼の作品は(私がこれまでに聴くことができた作品は)みな魅力的でした。「イェヌファ」の「暗さ」もまた良し。ただ、弦楽四重奏曲「クロイツェルソナタを読んで」は、今ひとつという印象でした。あと「タラス・ブーリバ」の終わりのところは、ナショナリズムがちょっと鼻につくかな?(スメタナ「我が祖国」の「ブラニーク」などにも言えると思いますが。)

 

個人的には、特に(以前もこのトピの投稿で申し上げましたが)ヤナーチェク、マックス・ブロート、オタカル・オストゥルチルの交友関係に興味をもっています(研究調査は全然進展していませんが)。オタカル・オストゥルチルはマーラーに心酔し、交遊した人物としても、アルマの伝記に描かれています。

 

ところで、きょう、ネットサーチをしていて、見つけたのが下記サイトです。皇太子殿下が、ドヴォルジャーク、スメタナといった誰もが知っている作曲家のみならず、ヤン・クベリーク(正しい発音は、クーベリックではなくクベリーク)、ヤナーチェク、オストゥルチル、エベン、ヴィーチェスラフ・ノヴァークといったチェコの作曲家までご存知とは驚き!と書かれています。もしかすると、殿下は、ツェムリンスキー、シュレーカー、コルンゴルト、フランツ・シュミットなどにもご興味をお持ちかもしれませんね。

 

http://www.cz.emb-japan.go.jp/emp_visit5.html

これは la_vera_storia さんの 566 に対する返信です

 

ウィーン世紀末芸術

2002/ 7/30 21:46

メッセージ: 570 / 1477

投稿者: bernardsstar

 

ようこそbinsatobo12さん。

ウィーン世紀末芸術の本質とは何か?を手短かに語るのは難しく、la_vera_storiaさんの説も興味深く読まさせていただいております。「ウィーン世紀末」というイメージをもっとも良く体現している音楽の例として、個人的には、マーラー:交響曲9番と10番の冒頭の部分を挙げたいと思います。

また、ユダヤ人であるメンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」と、マーラーの交響曲第8番「一千人の交響曲」には、キリスト教に対する熱烈な帰依を感じます。

 

今、ウィトゲンシュタインに関する本を読んでみたいと思って、平凡社の文庫版で、「ウィトゲンシュタインのウィーン」(トゥールミン&ジャニク著、藤村龍雄訳)を読んでいます。彼の哲学自体に対する解説はなかなか出てこなくて、今141ページまで読み終えたところですが、ずっと、ウィーン文化史の解説・分析が続いています。

フロイトが考察した「性」に対する抑圧が、ウィーン文化の表裏を生み出したこと、また、ヒトラーとヘルツルという両極端の人物を生むことになったウィーンという土壌・・・など興味が尽きない記載に溢れています。ウィーンの世紀末芸術を生み出したユダヤ人に対する執拗な攻撃、ユダヤ人のカトリックへの改宗など、世紀末芸術を理解するうえで必須の項目も網羅されています。この本を読んでいて、研究してみたいという気になった人物は、ヴィクトル・アドラー、ネストロイ(「ハロー・ドーリー」の下敷きとなった劇を創作)、カール・クラウス、ワイニンガー、ルエーガー、シェーネラーでした。ウィーン人気質をもっとも客観的に文学によって表現し得たのは、シュニッツラーとのことでした。

これは binsatobo12 さんの 568 に対する返信です

 

「世紀末芸術」論の危険性(binsatoboさん)

2002/ 7/31 2:27

メッセージ: 571 / 1477

投稿者: la_vera_storia (男性/瞬間覚醒中)

 

binsatoboさん

ここ数日私が「世紀末芸術」のことを持ち出したのは、ブラームスやヤナーチェクやブルックナーの個別作品の実演の印象にひっかけての話であり、そこから一気に普遍的世紀末像を描きたかったからではありません。 binsatoboさん御自身が考えられる一般化を書いておられるのは非常に興味深く読ませていただきましたが、私には認識の前提としてちょっとわからないことがあります。

 

まず binsatoboさんは「神の賛美」「神との共存」という言葉を書いていられますが、binsatoboさんは音楽(芸術)の基礎には、宗教(キリスト教への信仰心)がなくてはならない、とお考えなのでしょうか? もしそうならば、「西洋(西欧)文化(社会)のバックボーンにはキリスト教がある」という考え方に賛成でしょうか.....? 私はこの考え方そのものは,非常に矮小化された、あまり意味のない考え方だと思っています。といいますのも、中世以来の「世俗思想(道徳)」というものの存在を軽視した考え方だと思うからです。こういう問いよりも、「西洋(西欧)文化(社会)のバックボーンにはヘレニズム(Hellenism)とヘブライズム(Hebraism)の二つがある」という言い方のほうが正しいと思いますよ。キリスト教云々は、マイナーな問題に思われます。ですから、「神」という問題についても、晩年の約20年間にシェーンベルク(ユダヤ教徒)がキリスト教から距離をとったからといって、「神から見放された」とはまったく言えないと思います。だいたい、「見放される」ということがあるものでしょうか? あのアウシュヴィッツで大量にガス殺され続けているユダヤ人に対して、「神」は何故何もしなかったのか、などと真面目に問うのと同じくらいの滑稽な質問に思われます。かつて、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と大声で叫んだ人がいたことと同じことです。あれは、「神」だから何もしなかった、というのが本当のところでしょう。ですから「見放す」云々はおかしいはずです。もっと言えば、何もしなかったという点に限れば、私は「神」が存在しているように思えますが....。

 

それからちなみに17,18世紀以降の科学の発展についてですが、、ニュートンからアインシュタインに至るまでの科学(数学)者はプラトン的実在論者であり、全て「神」の存在を前提にしていますけれどもね。そういう考え方が主流でなくなったのは、やっと20世紀後半になってからのことのはずですが...。ただ、お書きになっていらっしゃるイギリスのケースですが、これは「科学」というよりも「技術」ということに限れば正しいかもしれません。

 

さらに私は、binsatoboさんのおっしゃる「神」は、あくまでキリスト教的概念に限っての話のように感じられるのですがいかがでしょうか? 「神と共存」云々とお書きになっていられるのは、ちょっとよくわからないのですが。

 

それから、J.S.バッハについては、「教会カンタータ」だけではなく「世俗カンタータ」の存在についても考えなくてはいけないと思われますがいかかでしょうか? モーツァルト(特にオペラ)に関しては、あれは「人間賛美」ではないでしょうか? ブラームスの「ドイツレ・クイエム」は、あれは「神への賛美」でしょうか? (いろいろな意見があるかもしれませんが)

 

要するに、芸術が宗教(信仰)と密接な関係があるか否かという問題と、神を賛美するか否かという問題と、芸術家(作曲家)が熱心に教会に通うほど信心深いかどうかという問題と、音楽に調性があるか否かという問題と、作品が傑作であるかどうかという問題などをごっちゃにして、かつ「世紀末芸術」の問題とからませるのは、かなり危険に思われます。

 

一例をあげれば、「宗教音楽」と称する音楽といえども、作曲家は外部からの注文依頼によってでなけば(つまり金を払ってくれなければ)、ほとんど作曲しなかったという事実はどう考えたらよいのでしょうか? この問題と、作曲家の信心深さと、そして完成された曲が傑作か否かという問題をごっちゃにして考えると、途方も無い話になるような気がします。

 

いやはや、私の脳内バッテリー切れアラームが鳴り始めたようです。充電に少々時間が必要のようですので、少々、南の島にでも行ってこようかな、という感じです。今夜はこのあたりで失礼させていただきます。今夜はbinsatoboさんのお気に障るこおを書きすぎてしまったようです。お許し下さい。

これは binsatobo12 さんの 568 に対する返信です

 

お騒がせして申し訳ありません!

2002/ 7/31 16:25

メッセージ: 572 / 1477

投稿者: binsatobo12

 

la vera storiaさん

 

やたらに素人っぽい世紀末論を持ち出して

大変失礼致しました。

 

気に障る所か、色々とお説に啓発されて、有り難く思っている次第です。

 

神という語を安易に口にするのは、或る意味で危険な事なので、この辺で止めます。

 

ただ、私は僅かな帯英経験と狭い知識の範囲内で、西欧社会における宗教の存在が、我々日本人が考えるよりも遥かに遥かに重いと、いつも感じています。

 

どうぞ余り深くお考えにならず、これからもよろしくご教示下さい。

これは la_vera_storia さんの 571 に対する返信です

 

bernardsstarさん、こんにちわ

2002/ 7/31 19:01

メッセージ: 573 / 1477

投稿者: binsatobo12

 

私の拙い文章まで読んで下さっているようで、恐縮です。

 

私は音楽にはズブの素人で、la veraさんや貴方にはとてもお相手になれる分際ではないので、1ディレッタントの声としてお聞き取り願います。

 

キリスト教が西欧文化の文化のバックボーンと言う説は、少なくとも私は素朴に信じて居ります。

 

なお、ヘレニズムとヘブライズムの問題、

私には分かりませんが、西欧に関する限りキリスト教がマイナーと思えません。

 

一寸時間が足りなくなりましたので、又改めて書きます。閑話休題。 

これは bernardsstar さんの 570 に対する返信です

 

ヤナーチェク(la_vera_storiaさん)

2002/ 8/ 1 12:58

メッセージ: 574 / 1477

投稿者: Waldtaube (34歳/男性/USA, Maryland)

 

 la_vera_storiaさんのurbanismとpopulismという視点を通してのヤナーチェク論、大変興味深く拝見しました。non- urbanistたるヤナーチェクがいかに他の東欧作曲家と異なる方法で西欧と対峙したか。それを見ていくにはやはり彼の個々の作品における「語法」を調べ(他の作曲家と比較す)るのが一番かと思いますので私も遅まきながら彼の音楽を調べてみたいと思っているところです。la_vera_storiaさんの作品論、特にオペラのそれを楽しみにしております。

 

 さて

> 1964年のウィーン国立歌劇場で「イェヌーファ」が新演出された際のライヴ録(MYTO)をお聴きになったことがありますか?指揮はヤナーチェクに造詣の深いクロムホルツ(Jaroslaw Krombholc)、イェヌーファ役が、ユリナッチ(Sena Jurinac)、コステルニチカ役がメードル(Martha Moedl)という豪華なものです。そして、なんとカロルカ役が若き日の,あのルチア・ポップなのです....!

 

  la_vera_storiaさんの記事を拝見して、慌ててこのCDを探しましたが、アメリカのCDショップにはカタログにすら載っていないようです。ドイツとイギリスの通販サイトには「近日発売」とされていました。MYTOの「イェヌーファ」といえばクーベリック指揮のバイエルンのライブが有名ですが、このウィーンでの録音もマックス・ブロートによるドイツ語訳なのでしょうね。

 

 ポップのカロルカはマッケラス指揮のデッカ盤(もちろんこちらは原語上演ですが)でも素晴らしい歌唱ですが、「どうしてポップをタイトルロールに使わないのか」と仰る方もいらっしゃいます。それも一理あるとは思いますが(EMIから出ている「スラブアリア集」でポップが歌うイェヌーファのアリアを聴くと、ポップは十分ドラマティックなイェヌーファ役を歌いこなせるという気にさせられます)、マッケラスがポップをカロルカ役に起用したのには歴史的必然性があったのですね。

これは la_vera_storia さんの 566 に対する返信です

 

ウィーンと言えば

2002/ 8/ 1 17:13

メッセージ: 575 / 1477

投稿者: binsatobo12

 

la vera storiaさん

 

折角詳しいお返事を頂いたのに、何か逃げ腰のような素っ気無い口ぶりになってしまい、却ってお気を悪くされたのではないか

と思い、もう少し私事ながら付け加えさせて頂きます。(昨秋心不全を患って以来、

息の長い文章が書けないので、短く行きます。)

 

ウィーンと言えば、思い出すのは十年程前モツアルト没後二百年の追悼ミサがNHKで放映されたのを観ました。確か聖シュテファン大聖堂(?)で行なわれたものだったと思います。

 

その時の「レクイエム」の素晴らしさに感動したのを今でも忘れません。それはあの時の大聖堂の壮麗さとミサが醸し出す厳粛な雰囲気によるものとは思いますが、あのような世俗のそれとは一線を画する宗教音楽は、どのようようにして作られるものなのでしょうか。

 

私も或る所で、あれは教会の依頼によって作曲家が作るので、作者の信仰や信条とは関係がないのだという声を聞いたことがあります。そして、私も或る時は、成るほどそういうものかなと思ったこともありました。

 

でも最近は、そういう現実的な声に少しづつ疑問を感じるようになっています。今の商業主義の時代では、作曲家はレコード会社からの依頼と同じように宗教音楽も作るのでしょうが、ただ、何故私がそれに疑問を持つようになったかと言えば、それは教会建築に関してなのです。

 

私は僅かな在英期間中によく地方都市の聖堂や寺院を見て歩きましたが、至る所で街の中心部に高い尖塔のある教会が建ち、迷子になってもそれを目指して行けば、必ず

中心部に戻れるようになっていました。

 

私はそうした現実的な便利さは別として、何故クレーンもブルドーザーもない昔にあんな高い尖塔を建てるのだろうと、不思議でなりませんでした。あれは街の活性化の為か、失業救済の為の公共事業だったのだろうか、などとセコイことを考えたりもしました。

 

そうだったら、今風に考えれば道路を作ったり、橋を掛けたりした方が経済的な効率ははるかによいのに、機械化の進んでいない時代に百メートル以上もある高層建築を作るのは大変な労力が必要で、場合によっては犠牲者も出たことだろう、などと余計な想像をたくましゅうしたりしました。

 

つまりそこに働いた人間のエネルギーとは何だったのかが、私の疑問の契機でした。少々呼吸が乱れて来たので、本日はここまでで失礼致します。

これは binsatobo12 さんの 572 に対する返信です

 

   

2H ism (binsatoboさんへ)

2002/ 8/ 1 19:55

メッセージ: 576 / 1477

投稿者: la_vera_storia (男性/瞬間覚醒中)

 

binsatoboさん

 

御健康状態がよくないようですし、またトピずれになりますので、私は今回の件については、これで最後にしたいと思っています。この議論、おそらくbinsatoboさんと私とでこれ以上議論しても、まったく噛み合わないと思うからです。

 

まず、「キリスト教が西欧文化のバックーン」というbinsatoboさんの御意見ですが、私の意見では、そういう言い方は非常に皮相な見方であり、かつ矮小化された見方であると再度申し上げることにいたします。 binsatoboさんが、ウィーンのStephansdom及び、英国の教会について述べておられますが、ではこのことを例にとります。あの Stephansdomは、宗教的情熱(あるいは信仰)のみで完成したでしょうか? あの建築には「工法」というものが不可欠でしょう?そういう「工法」ないしは建築技術というものを俯瞰した精神というものはなんでしょうか?大きく言えば、それは科学、理性、合理主義の精神(まあ、ロゴスと言えば大袈裟ですけれども)ではないでしょうか?こういう精神の源にはヘレニズムがあるといって差し支えないです。宗教的パトスだけでは不可能な話ですよ。

 

キリスト教については、あれは宗教的パトスの領域におけるヘブライズムに源があるものの、同じくヘブライズムに源泉を持つ宗教には他にユダヤ教、イスラム教があります。前者は、中世よりユダヤ思想として発展し、ヨーロッパの思想に多大の貢献をしています。スピノザ、マルクス、フロイトに対する多大の影響を無視することは不可能です。イスラム教については、ギリシャ思想、哲学(つまりヘレニズムに包含されるもの)を、どれだけ翻訳と言う形でヨーロッパに伝えたかについては、その貢献たるや多大のものがあります。このことに関しては以下に、同志社大学(神学部?)の市民講座のテキストがありますので、2の図を参照願います。

http://theology.doshisha.ac.jp:8008/kkohara/works.nsf/626e6035eadbb4cd8525649900 6b15a6/597b2515b9d3443949256b520024f088?OpenDocument

そして、ルネサンスというのは、ある意味では「ヘレニズム再発見」ということになります。あるいは、「神的世俗性」の再発見とでもいいましょうか。近代の科学の発展についても、これは合理主義、理性の精神(ヘレニズムの川下)のよってなされているのは当然で、ここにキリスト教の介在はわずかです。私が前回触れたアインシュタインの「プラトン的実在論」も、辿ればこれはヘレニズムに源泉をもちます。

 

こういう背景がありながら、binsatoboさんはまだ「西欧文化のバックボーンはキリスト教」とおっしゃられるのでしょうか? キリスト教というのは、西欧文化のバックボーンの一部にしか過ぎません。

 

それから、教会音楽のみが西洋音楽だったなどということはありません。中世においてすら「世俗音楽」は存在していますよ。もっと探せばより適当なHPがあるとは思いますが、簡単に見つけたものを一つ紹介しておきます。個人の方には無断で恐縮ですが。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/7123/kogaku/early002.html

それから、binsatoboさんは英文学に造詣が深いようですから、あの有名なマシュー・アーノルド(Matthew Arnold)の、これまた有名な文章を以下にあげておきます。

http://65.107.211.206/arnold/writings/4.html

この議論、私はこれで止めますのであしからず。

これは binsatobo12 さんの 575 に対する返信です

 

芸術から受ける感動とは?

2002/ 8/ 2 12:54

メッセージ: 578 / 1477

投稿者: binsatobo12

 

私の書くことが全て誰方かへの反論と取られてしまうので、大変申し訳なく思って居ります。お許し下さい。

 

私はただ私自身の感想や印象を申し述べているだけで、誰方とも議論を噛み合わせる必要は全くないと考えて居ります。

 

因みに私の見方が皮相で,矮小化された考えである事は、否定致しませんし、今からそれを改めようとも考えません。

 

私はウィーンには行った事がありませんから、シュテファン聖堂も映像でしか存じません.私の見た聖堂は次の通りです。

 

英国のカンタベリー、ウィンチェスター、ソールスベリー、ダラム、ヨーク、それに

仏国のサン・シャペルとノートルダム。

 

英国の聖堂はいずれも街の中心部にあってゴシックの高い尖塔を持っていました。内部には大きなパイプ・オルガンと美しいステンドグラスの窓がありました。

 

これらの聖堂では夕方(ほぼ6時頃)になると、イーヴンソングと言ってよく夏など少年の聖歌隊が来て、オルガンに合わせて賛美歌を歌っています。

 

ヨーク・ミンスターでは、私が訪れた時に側壁を修理中でしたが、その時間になるとドリルの音を止めて1時間位静かになっていました。

 

又トピずれになりそうですが、私のクラシック音楽鑑賞の中で、こうしたごく瑣末な体験がどうも欠かせないのです。教会建築を見る時その「工法」を考え、ミサ曲を聴く時その作曲技法に思いを馳せることは、私には出来そうもありません。

 

そろそろ又しても、誰方かに食い下がっていると取られそうなので、やはりこの辺で終わりとしましょう。本当にご免なさい。

これは la_vera_storia さんの 576 に対する返信です

 

ウィーン19世紀末と言えば

2002/ 8/ 3 11:09

メッセージ: 579 / 1477

投稿者: binsatobo12

 

私の頭に思い浮かぶのは、どうしてもクリムト、エゴン・シーレの世界です。私は、

クリムトの絵は色が綺麗なので、大好きですが、シーレとなると腐肉の臭いがして、どうにも好きになれません。

 

所で、十九世紀末ウィーンの音楽には、デカダンスの要素は余り無いと、或る方から

伺って成る程と感心すると同時に、一寸物足りない感じもしています。

 

R・シュトラウスは、自分の管弦楽曲には出来ないことは何も無いと豪語したそうですが、彼の大編成のオーケストラを使っての色彩豊かな交響曲、マーラーの大砲入りの作品など聴くと、これは音楽のバブル崩壊の前兆ではないかと思ったりもします。

 

ヴィスコンティの映画「ヴェニスに死す」で使われている有名なマーラーのアダジオを聴く度に、あれは唯美主義の終末、即ち「死に至る病」ではないかと言う気がしてなりません。

 

これは bernardsstar さんの 1 に対する返信です